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神戸簡易裁判所 昭和43年(ろ)781号 判決 1968年10月29日

被告人 藤田誠

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は被告人は「昭和四三年七月九日午後二時四五分ごろ、兵庫県公安委員会が道路標識により最高速度を五〇粁毎時と定めた神戸市兵庫区大開通九丁目六番地の二附近道路に於て右最高速度を超える六〇粁毎時(一〇粁超過)の速度で普通貨物自動車を運転したものである」と云うにあつて検察官は釈明として「本件を非反則事件として刑事訴追をしたのは前記速度違反事実を現認した警察官が違反行為者に対し停止を命じ免許証の提示を求めたところ、右違反行為者は一旦免許証を提示しながら警察官が調査しようとするや、之を奪い取り、警察官の再三の説得にも拘らず之を拒否し提示しないので、やむなく現行犯人として逮捕すると共に免許証を押収調査したところ、その居所氏名等も判明し、被告人が反則者であること確認したが、この時点において、被告人の右一連の所為に鑑み被告人に逃亡のおそれがあると認め、非反則事件として刑事手続に移行したものである。

尤も本件は現行犯逮捕後約二時間にして被告人を釈放したが之は被告人に逃亡のおそれがなくなつた為ではなく被告人の身柄引受人も明らかになり検察官に対し身柄送致の必要性を認めなかつた為である。要するに警察官が被告人を反則者と認めた時点に於て被告人に逃亡のおそれがあると認めたことは客観的に妥当であり従つて本件公訴提起は適法である」とのべた。

依て警察官が被告人を反則者と認めた時点において逃亡のおそれがあると認定したことが果して客観的合理性があつたか否かについて検討する。

検察官提出に係る司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書、還付請書、被告人の司法警察員に対する供述調書を綜合すると警察官が反則事実を現認した違反行為者の居所氏名が不明の為、逃亡のおそれありとして現行犯人として逮捕すると共に免許証を押収調査した結果居所氏名等も判明し、被告人が反則者であると認め引続き被告人を取調べた一連の事実は検察官主張の通りである。而して反則者に逃亡のおそれがあると認める時機は免許証を押収調査をしてその居所氏名等が判明し、反則者と認めた時点に限るものではなく警察官が引続き行つた反則者の取調べの結果をも含めて之を認定するのが相当であると解するところ、前記現行犯人逮捕手続書並に被告人の供述調書によれば、被告人が免許証の提示を拒否した理由は「若し提示すれば自分が速度違反をしていないの違反者として交通切符を書かれると思つたため」であること及び「被告人の居所氏名が判明し且つ被告人が神戸市生田区山本通二丁目所在株式会社「日欧」の会社員である事実」をそれぞれ認めることができたのであるから本件のような事案においては他に特段の事情の認められない限り被告人に逃亡のおそれありとは到底認めることはできない。されば警察官は被告人を釈放すると同時に反則者として告知の手続をとるべきに拘らず直ちに刑事手続に移行したものであり、結局本件公訴提起の手続は規定に違反した無効のものと云うべく刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴を棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判官 大野官次)

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